
こんにちは、SKOOTAGAMESのネゴラブチームに所属しております、モブです。
東京ゲームショウ(TGS)への参加も今回で3回目となり、私もいつの間にか少しは「慣れ」を語れる年次に入ってきたと言えるかもしれません。特に今回のTGSは、(途中で変更にはなりましたが)史上初の5日間開催というニュースだけでも、開催前から大きな注目を集めていたことは間違いありません。
毎回同じインディーゲームブース、インディーゲームコーナーでの展示を経験してきた私ですが、毎年のTGSは常に違う空気感のお祭りを作り出しているように感じられ、素直にすごいなと感心するばかりです。その一方で、今年のインディーゲームコーナーで見かけたタイトルは、一昨年や昨年に比べると「ニューフェイス」が多く、見ていて非常にワクワクする、楽しい一年であったように思います。
少し遅めのタイミングでのレポート記事となってしまいましたが、今回の記事は、今年のテーマである「史上最長、遊びづくしの5日間(4日間)」の中で、いつの間にか一つの太い柱を支えるようになった遊びの一角――新たなインディーゲームたちを紹介する一編として、読者の皆様にお届けできればと思います。
『SELLCT』:「覗き見」の背徳感と、見えない存在との対話

「神ゲー創造主エボリューション2025」でグランプリと審査委員賞(時田貴司賞)を同時受賞した『SELLCT』。その名前と評判は以前から耳にしていましたが、今回のTGSでようやく直接プレイする機会に恵まれました。
この作品を一つのジャンルで定義するのは非常に難しいと感じます。なぜなら、ゲーム全体が提供する体験があまりにも独特だからです。あえて言葉にするなら、「メタ要素の強いパズル兼アドベンチャーゲーム」と言えるでしょうか。
ブースに置かれたPCの前に座ると、画面には正体不明の「.exe」ファイルが開かれており、真っ白な壁にポツンと一つだけ扉が配置されています。プレイヤーはメッセージボックスを通じて、その扉の向こうにいる「誰か(あるいは何か)」と限られた対話を交わすことになります。そして、その存在は「自分をここから出してほしい」と助けを求めてくるのです。
興味深いのは、その救出方法です。プレイヤーは基本的に、PC内に開かれているローカルファイル(テキストやフォルダなど)を開き、中のデータを読み取ったり、ファイル自体を移動・削除したりすることでゲームを進めていきます。


正直に申し上げますと、私はプレイを進めるにつれてある種の「不快感」を抱き始めました。しかしそれは、操作性や視認性が悪いといった、ゲームへの没入を妨げるシステム的な不快感ではありません。「他人のPCのフォルダを勝手に漁り、中身を覗き見る」という行為そのものが引き起こす、ヒリヒリとした緊張感と背徳感だったわけです。
この不快感は、結末に向かうにつれて徐々に強まり、やがて明確な形を帯びます。結果として、扉の向こうの存在は脱出に成功し、私に感謝の言葉を伝えてきます。しかし同時に、「助ける対象が何かも知らないのに、勝手に人のファイルを操作して助けた」という事実を突きつけてくるのです。それは、私の行為がただの「偽善」であったのか、それとも「ゲームだから」という免罪符のもとに無責任な行動をとったのかを、直接的に問い詰めるような鋭さがありました。
最終的に、キーボードもマウスも全く反応しなくなり、PCがその正体不明の存在に乗っ取られてしまうという形で、一つの結末を迎えます。(余談ですが、途中でキーボードの制御を奪われた際、思わず焦ってCtrl+Alt+Deleteを押し、ゲームを初期化してしまったのはここだけの秘密です)
こうしたメタ的な構成自体も非常に印象的でしたが、私が何よりも心に残ったのは、これが単なる「ゲーム」の枠を超え、一つの完璧な「体験」として成立していた点です。


キーボードとマウスの捜査権限を奪っていく、、
実は、展示期間中に何度かこのブースの前を通ったのですが、一度もそこに人(開発者)がいる姿を見かけませんでした。最初は不思議に思っていましたが、実際にプレイを終えた後、私は深く納得しました。「誰もいないブースでプレイしてこそ、この体験は完成するのだ」と。
見ず知らずの、正体すら分からない架空の存在のために、他人の所有物(データ)を勝手に覗きみ、削除や編集を行う。罪悪感を抱きながらもその行為を続けることは、見方によってはひどいほどの偽善とも言えます。もしあの時、目の前に開発者が座っていたら、私は無意識のうちに「開発者が見ているから、この行為は許容されている」という言い訳(逃げ道)を見つけ、このゲームが持つ本来の居心地の悪さを十分に味わえなかったでしょう。
しかし、完全に無人のブースで、自らの意思で席に座り、モニター越しの存在を助けるという状況は、「誰にも見られてはいけない、秘密の行為」に手を染めているような強い錯覚を感じさせます。もしプレイ中に開発者が現れたり、誰かに声をかけられたりしていたら、大袈裟ではなく、その場から逃げ出していたかもしれません。
このように、『SELLCT』はゲーム内のシステムだけでなく、ゲーム外の環境――「ブースに人がいない」という空間設計すらも取り込み、プレイヤーにヒリヒリとした緊張感を与える見事なアドベンチャーでした。数多くのインディーゲームが並ぶTGSの中でも、その体験の驚きと密度の高さにおいて、群を抜いて輝いていた一作です。
『Dr. Oops!』:シンプルな骨格を覆い尽くす、狂気の「装飾」

続いてご紹介するのは、違法治療を日常的に行う無免許医となって借金を返済していくシミュレーション兼アドベンチャーゲーム『Dr. Oops!』です。以前からSNS等でその独特なアートスタイルや設定を見かけて気になっていたのですが、今回のTGSでついにプレイする機会を得ました。
私がこのゲームから受けた最大の衝撃は、純粋なゲームとしての完成度もさることながら、「演出と表現力だけで、ゲームをここまで面白くできるのか」という点にあります。
というのも、ゲームの基本構造は極めてシンプルなのです。ゲーム開始時に提示される初期情報を除けば、プレイヤーがやるべきことは基本的に「患者に症状を尋ねる」「その症状に合致する病気にチェックを入れ、候補を絞り込む」「適切な処方(治療)を下す」というサイクルに集約されます。借金返済という目的があるため、シミュレーションゲームの常として「いかに短時間で多くの患者をさばくか」が金銭的に有利に働きます。


しかし、この一つのサイクルを理解するために必要な情報量はそれほど多くなく、誰でもすぐにゲームの要領を掴めるよう設計されています。この「入り口の広さ」は、間違いなく多くのユーザーを惹きつける強力なメリットとして機能していると感じました。
その一方で驚くべきは、このシンプルなコアサイクルを包み込んでいる「付加的な情報」の圧倒的な豪華さと精巧さです。
どこか既視感を覚えるアメリカン・コミックス風のポップな演出、全くデザインの被りがない個性豊か(すぎる)患者たち、そして何より、インディーゲームとしては異常なほどに豊富なキャラクターボイス。これらの一つ一つが、少しでもバランスを崩せば悪目立ちしてしまいそうな強烈な個性を放っているにもかかわらず、奇跡的なまでの調和を保ってゲーム内に配置されています。プレイ中、私はその完璧なバランス感覚に何度も驚かされました。
SNSなどで「〇〇になるゲーム」といった一発ネタ的な紹介をされるインディーゲームの中には、そのフックとなる設定だけが突出しており、実際にプレイしてみるとその他の要素に物足りなさを感じるケースが少なくありません。しかし『Dr. Oops!』は全くの逆でした。「無免許医になって借金を返す」という強烈な初期インパクトすらプレイを進めるうちに忘れてしまうほど、全体の完成度と演出が放つ熱量がプレイヤーの脳裏に焼き付くのです。


教授のじいちゃんと脳みそを変えるとのこと。
特に言及しておきたいのが、先ほども触れたキャラクターボイスです。「個人開発のインディーゲームで、ここまでボイスを入れるのか?」と耳を疑うほどの豪華な仕様なのですが、驚くべきことに、これらの声はすべてディレクターたった一人で録音されたものらしいです。(もちろん、編集と調整が加わったものにはなりますが)
SteamのストアページにおけるPVを見ていただければ分かりますが、主要人物から多種多様な患者に至るまで、本当に幅広いバリエーションのボイスが収録されています。声質自体に共通点はあれど、それぞれのキャラクターが持つイントネーションや性格付けがあまりにも見事であるため、プレイ中に「これ、全部同じ人が演じているんだよな…」と感じる瞬間は一度もありませんでした。
インディーゲームの枠組みからは予想できないボリューム、演出、そして豪華さとバランス感覚。それを武器としながらも、その制作背景はどこまでも泥臭い「インディー的」な情熱に満ちている。そのギャップに二度驚かされる、非常に魅力的な一作です。現在Steamでデモ版がプレイ可能とのことですので、皆様もぜひチェックしてみてください。
『妹に運転を教える』:ストレスを遊びに変える天才的設計と、意図せぬ「ハッキング」の遊び
最後にご紹介する『妹に運転を教える』については、ある意味で「付録」のような位置付けとして語らせてください。というのも、このゲームはおそらく今回のレポートで改めて取り上げるまでもなく、すでに日本と韓国の両国で数多くのストリーマーに実況され、大きな知名度を獲得している作品だからです。
一言で説明するなら、「一向に言うことを聞いてくれない妹に対し、運転という高難度の操作を言葉だけで教えるシミュレーションゲーム」と言えるでしょう。
私がこのゲームの設計を「天才的」だと感じたのは、「思い通りに進まない身内間の運転練習」という日常ネタと、「人間の融通が全く通じないプログラミング(AI)へのもどかしさ」を見事にリンクさせた点にあります。
普段あまりゲームをしない人には前者の説明でスッと状況を理解させ、ゲームに慣れている人には後者の説明で「これから直面するであろう理不尽さ」を期待させる。ゲーム内で発生する多少のバグや理不尽な挙動すらも、この設定さえあれば「AIだから」「妹だから」という理由で無意識のうちに許容させてしまうのです。これが綿密な計算によるものなのか、それとも偶然の産物なのかは分かりませんが、結果としてプレイヤーの「ストレス」そのものをゲーム性へと昇華させている見事な構造です。


かなり多くのユーザーがここで心が折れてました。
しかし、TGSの熱狂から少し時間が経った今、私が改めてこのゲームを取り上げたい理由は、本作を巡るユーザー側の「奇妙な遊び方への変容」にあります。
Steamで体験版を維持するために1日1000ドルを消費しているという破天荒なニュースも大いに話題を呼びましたが、私の興味をより強く惹きつけたのは、一部のユーザーや配信者がこのゲームを「妹から思い通りの返答を引き出すためのゲーム」として遊び始めている現象でした。
例えば、「常に刺々しく冷たい態度をとる妹のAIに対して、どのような言葉を投げかければ『好き』という言葉を引き出せるのか?」といったようなチャレンジです。
プレイヤーにストレスを与えるために調整されたはずの「融通の利かないAI」。それをなんとか手懐けようとする本来のゲームプレイから逸脱し、AIのシステム的な穴を突いて設定を改変しようとする試み。これは見方を変えれば、ゲームシステムそのものを「ハッキング」することに快感を見出す、全く別次元のシミュレーションゲームとして遊ばれていると言えます。
最近ではChatGPTのような対話型AIの制限を解除する行為(いわゆる「脱獄/Jailbreak」)が一部でチャレンジとして流行していますが、それに非常に近い現象が起きているように感じます。このように、ユーザーが主導となって開発者すら(おそらく)意図していなかった遊び方を自発的に見出し、それがコミュニティ全体で共有・再発見されていくケースは、インディーゲームにおいてもかなり稀有な事例ではないでしょうか。
ゲームが本来持っている構造の枠組みを飛び越え、プレイヤーたちの熱狂的な「悪ふざけ(あるいは探求心)」によって日々新たな顔を見せ続ける『妹に運転を教える』。その予測不能な展開とバイタリティに、今後も目が離せない展開でした。
おわりに:お祭りを支える柱となるインディゲーム

さて、少し遅めの振り返りとなりましたが、東京ゲームショウ2026で出会った3つの個性的なインディーゲームをご紹介してまいりました。
「誰もいないブース」という環境すらもメタ的な体験に取り込んだ『SELLCT』。
シンプルな骨格を、執念とも言える情熱と豪華な装飾で覆い尽くした『Dr. Oops!』。
そして、開発者の意図を超えてユーザーの手で新たな遊びが創発され続ける『妹に運転を教える』。
アプローチの方向性は全く異なりますが、どのタイトルも共通して、ただただ「面白いゲーム(体験)を伝えたい」という枠に収まらない、強烈な「こだわり」と「熱量」を内包していました。
かつては広大な会場の片隅にある「知る人ぞ知るエリア」であったインディーゲームコーナー。しかし、今回この史上初の長期開催となったTGSの会場を歩き回り、熱気あふれるブースの数々を目の当たりにして、私は改めて確信しました。インディーゲームはもはやイベントの「一角」ではなく、この巨大なお祭りを根底で支える、強靭で太い「柱」の一つへと成長を遂げているのだと。

SKOOTA GAMESの代表作『ももっとクラッシュ』が去年の9月、東京ゲームショウ2025年に公開のタイミングを迎えたことを思い出します。今年も無事に出展でき、ブースに訪れてくださったお客様たちに「今日で1周年を迎えました」と言えるようになったことをうれしく思います。これからも東京ゲームショウ、いや日本を超えて世界にこの素晴らしい「太もも」を届けられるよう私モブも頑張っていきたいと思います。
それでは、次回のレポートでお会いしましょう。最後までお読みいただき、ありがとうございました。